久々の肺がん闘病記の途中経過報告

久々に肺がん闘病の報告を一節。今年の春ぐらいから内臓器官の一部、例えば副腎とかリンパ節とかの検査数値が少しずつ懸念される方へとブレ始めた。よくも約3年間副作用もなく奇跡的に生き延びてきたという思いもひとしおであるが、最初の1年目の冬は来年の満開の桜は見ることが出来るだろうか等と殊勝な思いで八代城の石垣の頂上に林立する桜並木をよく散策したものである。1か月ごとの健診の度に少しずつがん細胞の勢いが増しており、特効薬の効き目が薄れてきたとのこと。元々完治を目的とした薬ではなく、がん細胞を減らしながらその活動を抑制する薬だというレクチャーを受けていた。とはいえ、3年以上毎日飲み続け小生にとっては奇をもたらした薬を他の薬に変えるのは非常に不安なものである。新しい薬の副作用への対応もあり現在病院に入院してパソコンを持ち込みこのブログを書いたり将棋ゲムで遊んだりして長い1日をやり過ごしている所であるが、副作用が出るとしたら3.4日後らしくて、それが出ない限り基本的には体熱を測ったり、血糖値を測ったり数種類の薬を間違えずに飲んだり、血圧を測ったりの平穏なスケジュールをベッドの上で粛々と消化していく毎日である。病状への不安や治療方法が変わることへの不安を別にして、入院して小生自身のことで2つの驚きの発見があった。1つ目は例えば将棋ゲーム等やっている時下手な手を指した時など突然大声で“バカタレ”とか”アホ”とか自分自身への罵声が出てしまうことである。一見感情を剥き出して大声を出すタイプには見えないらしく、最初の1,2回の罵には部屋の空気が凍りつくような反応を見せていた4人部屋の住人達も、4回5回とも続くと年の割には元気すぎるヤバそうな爺各が入ってきたという評価がどうやら定着してしまったうだ。時折部屋の中ですれ違う時など伏し目がちに挨拶されたりして面映ゆい思いをしている入院生活である。今年3月いっぱいで仕事も辞め、気ままな生活を殆ど自宅の中で過ごしたせいもあり独り言が増えたのであろうが習慣とは恐ろしいものである。2つ目は体力の衰えである。3年前同じ11階の部屋から下まで歩いて下りて、又11回まで歩行で戻るることを朝夕こなしてもさほど堪えなかったのが、今回念のため試してみたら下った後4階まで登ったところで完璧にヘバッテしまった。何クソとも思ったが無理をした結果結局タンカーで自分のベッドまで運ばれるシーンを想像すると昔の冒険少年もさすがに躊躇してしまった。肺ガンという病気のせいなのか、はたまた老いが小生の気力を削いでいくのかは判然とはしないが気力は別にして体力は確実に落ちているのを実感させられた昨今である。強い副作用が出るようだと再度治療の試行錯誤がなされるのだろうが、それが出ないことを願って今回の闘病記の報告を終わりたいと思う。