肺ガン闘病エピソード1

さて、初回にて小生の肺がん罹患についてさりげなく触れたのであるが、今回はそのくだりからスタートしてみたい。
 ある日、朝目覚めた瞬間に喉の異常に気付かされた。喉の異物感が鬱陶しくてじれったかったが、几帳面な小生はまず母音の”ア”から発声を試みた。聞こえて来たのは弱々しい擦過音のみ。ご想像通り次は”イ・ウ・エ・オ”の順に試してみたが結果は全く同じ。家庭内別居中の妻を呼ぼうにも声が出ない。仮に呼べても既に仕事に出ているかもしれず、腹立たしいことに居ても無視されるかもしれない。一度仕事場に出て午後から耳鼻科の病院の診察を受けたが、総合病院の精密検査を薦められ、その総合病院からは大学病院の呼吸器科を紹介された。これがあの噂に聞く病院のタライマワシかと気付いたが、事ここに至って初めて”癌”という文字が頭に浮かびあがってきた。しかしながら、親族に癌にかかった人間はいないはず、仮に癌だとしてもまだ初期段階に違いないと、生来”キリギリス”型の小生はこの期に及んでもタカをくらっていたが、全身麻酔をかけられ肺から直接生体組織を取り出す検査を受けると、現在の症状は間違いなく非小細胞型の肺癌に罹患しており第4ステージの段階にあると判定された。あの時の主治医の声は今でも忘れられない。淡々と日常的に何処にでもある些細な出来事を告げるかのような平坦な声音。39歳の時会社の実印と個人の実印を預けていた最初の妻に決定的に裏切られたときでさえ生じなかった強烈なフラッシュが何度も何度も頭の中でさく裂し、そして記憶が飛んだ。ふと我に返ると、行き場を失くして迷子になった幼子のように自分の車の前に立っていた。